猿飛検定の今日的意味(吉永順一氏)
投稿日:2016.12.27
三年園(えん)を窺(うかが)わず
庭に下りる暇もないほど、学問に没頭するさまを指す。
★作家宮城谷昌光
宮城谷の30代後半はそうした日々を送った。
目を開かされたのが、白川静の『中国古代の文化』だった。この本を読めば読むほど、古代の風景が頭の中に広がり、想像力をかきたてられた。こうなると、中国古代の勉強が面白く、テレビも見ずひたすら部屋に籠もり、3年間、外に出かける記憶がほとんどない。長時間座り続けたせいで、足に水がたまり、病院で抜いてもらった。白川氏がいなかったら、宮城谷昌光という作家は誕生しなかった。
(『窓辺の風』宮城谷昌光 中央公論社)
★遺伝学者の柳澤桂子氏
アメリカの大学院で学んだとき、毎日論文をたくさん読んでくる宿題が出る。今のようにコピー機もない時代だった。写すほかない。片端から論文をノートに書き写した。パーカーの万年筆を使った。インクがすぐなくなってしまう。いつもインク瓶を持ち歩いた。ペンだこは右手の中指ばかりではなく人指し指にもできた。どれだけの論文を写したかわからない。おそらく1000に近い論文を書き写した。それが日本語で文章を書くことに役立っている。
(『露の身ながら 往復書簡』多田富雄 柳澤桂子 集英社)
★作家北方謙三
17年をかけて完結させた全51巻の「大水滸伝」シリーズ。
北方はこれで第64回菊池寛賞を受賞した。その北方には10年の厳しい日々があった。月のうち10日間くらい働く。それでひと月分の生活費をかせぐ。あとの20日間は書くということを延々とくり返した。その間のボツ原稿が400字詰の原稿用紙を積み上げると背丈を越える。
同窓会に行くと、仲間はみんな一流会社で活躍している。
「北方、何をやっているんだ? 」と聞かれ「小説を書いている」と答えると、肩をポンと叩き「おまえは偉いな」と。その偉いなって言葉の中に、多少の侮蔑と哀れみが入っている。みんなからやめろ、やめろとめったうちにされている頃、父親が「男は10年だ」と言ってくれた。
(『対談集 運命を切り開くもの』北方謙三 福島智 致知出版)
昨日の目玉は「猿飛検定」だった。
挑戦者は寝ても覚めても向山洋一先生を追ったはず。没頭した日々だったはず。超のつく難題に挑戦する。そのことが悦びとなることを「アカデミックハイ」だと懇親会で述べた。
(参考 『内田樹最終講義』技術評論社)
緒方洪庵の適塾の塾生たちがそうだった。
諭吉の自伝にその日々が描写されている。彼らは布団に寝たことがなかった。それくらい勉学に没頭した。
人工知能が話題となる今、猿飛検定はどんな意味があるのか。
その答えは、宮城谷、柳澤、北方の事例の中にある。